研究室のご紹介
基礎研究
⼼臓前駆細胞の⾃⼰確⽴の鍵となる分⼦機構の解明
京都府小児地域医療学講座 助教 井上聡先生は、京都府立医科大学 大学院医学研究科 生体機能形態科学 八代健太教授指導のもと研究を進め、その内容がDevelopment, Growth & Differentiation誌に掲載され学位論文を取得しましたので、その研究内容を一部抜粋します。
(学位論文)
Sonic Hedgehog signaling regulates the optimal differentiation pace from early‐stage mesoderm to cardiogenic mesoderm in mice.
Inoue S, Yashiro K, et al. Dev Growth Differ. 2025 Feb;67(2):75-84.
(和文タイトル)
「心臓中胚葉の発生初期においてSonic Hedgehogシグナルが果たす役割」
【要旨】
basic HLH転写因子Mesp1を発現する心臓中胚葉細胞において、その分化の最も早い段階は転写因子TおよびT-box転写因子Eomesによって制御されている。特にEomesはMesp1を直接誘導することが知られており、心筋分化において不可欠である。マウス胚では、Mesp1を発現する心臓中胚葉細胞が胚の前方に遊走しNkx2-5, Isl1, Gata4, およびTbx5といった遺伝子の発現によって特徴づけられる、心臓前駆細胞としての特質を獲得する。
細胞外シグナル分子をコードするSonic Hedgehog (Shh) は心臓発生にとって必要な遺伝子である。Shhは脊索の形成を通じて胚の左右軸決定に関与することが知られており、そのnull変異体は、マウスにおいて脊索の機能異常を呈し、これに基づく内蔵錯位症候群などの先天性心疾患を生じる。Shhシグナルはまた、心筋分化、心内膜の発生、また特に第二心臓領域 (SHF) における心臓形態形成 (右心室・流出路・心房の一部) にも関与していることが知られている。これまでの多くの先行研究にもかかわらず、Shhの心筋分化への関与について、十分な知見は得られていない。注目すべきは、Shhシグナルが胚性腫瘍細胞を用いたin vitroの実験において心筋分化を促進する一方で、これに矛盾するようだが、SHFに寄与する心臓前駆細胞の早期分化を抑制することがマウスを用いた研究で示唆されていることである。そこで我々は心筋分化の初期段階におけるShhシグナルの役割を明らかにすることを試みた。
はじめに、先行研究におけるマウス初期胚のシングルセルRNA-seq解析データのメタ解析を行い、心筋分化における遺伝子発現の経時的変化の把握を試みた。In-silico解析に基づく疑似的な時間軸 (pseudotime) に沿った心筋分化に関連する遺伝子発現の経時的変化は、生体内でのそれを正しく反映していることが示唆された。細胞間相互作用の解析では、Mesp1を発現する心臓中胚葉細胞が、Shhシグナルを介して中軸中胚葉と相互作用していることが示された。これらの結果をもとに、in vitroおよびex vivoでのShhシグナルの心筋分化を解析した。
マウスES細胞を用いた心筋分化誘導実験では、Smoothenedを活性化する薬剤SAGによるShhシグナルの活性化により、Eomesの発現を低下させ、T-box転写因子Tを発現する原始線条からMesp1+心臓中胚葉細胞への分化が遅延・抑制され、結果としてTnnt2発現が低下し心筋分化が抑制された。逆にSmoothenedを抑制する薬剤cyclopamineによるShhシグナルの阻害は、Eomesの発現を抑制し、Tの発現を抑制する一方、Mesp1+心臓中胚葉細胞への分化を促進し、心筋分化を促進した。
次に、E6.5マウス胚を用いた全胚培養実験を行ったが、マウスES細胞の実験系と同様の現象が確認された。Mesp1の誘導因子として知られるT-box転写因子Eomesの発現が、Shhシグナルによって抑制されることが、この現象の根本的なメカニズムであると考えられた。これらの実験結果からは、脊索から分泌されるSHHが、T+細胞からMesp1+心臓中胚葉細胞への不適切に早いタイミングでの分化を抑制し、一定量の未分化な細胞のプールが維持されることで、これを通じて心筋分化のペースを制御していることが示唆される。ShhがEomesを制御する分子機構については未解明であり、今後の研究課題である。
図: 心筋分化の初期段階において想定されるHhシグナルの役割のモデル
臨床研究
三次元・四次元画像診断法の開発・臨床応用
先天性心疾患の画像診断は、これまで主に造影検査や心エコー検査によって行われてきました。しかし、これらはいずれも二次元の画像であり、実際の三次元構造を理解するためには、しっかりとした経験と理解力を必要としました。
そこで、客観的に誰でも簡単に心血管系の形態異常を理解できる画像診断法として、ヘリカルCTによる立体的・三次元画像の構築と、また同時に動脈・静脈などの各組織を色分けする(動静脈分離イメージング法)を開発してきました。
現在、この三次元画像の画質向上と、心血管の動きの評価などの機能評価を可 能とする四次元画像表示法の開発に取り組んでいます。

カテーテル治療に関する研究
当教室では、小児における様々な血管および弁の狭窄性病変に対するバルーン血管形成術や、動脈管開存・体肺側副動脈などに対するコイル塞栓術を積極的に行うとともに、その治療成績向上のための工夫や適応・効果に関する臨床研究に取り組んでいます。
現在、独自のdeviceの開発にも取り組んでおります。
心臓MRI、心エコーに関する研究
近年、心臓MRI(CMR)の技術が発達し、心室・心房容積の算出・両心室駆出率の計算から始まり、各血管、半月弁・房室弁を通過する血流量・逆流率の算出、心筋線維化評価、4D flowなど様々な心機能評価が可能となってきております。小児循環器疾患領域においてCMRの活用は必須であるにも関わらず、本邦では有効に活用されていないのが現状です。また、心エコーの技術発展も目覚ましく、新たな心機能評価法が開発されてきています。当教室では、非侵襲的検査であるCMRおよび心エコーを積極的に活用し、先天性心疾患患児の心機能評価・治療への応用・臨床研究を行っています。
酸素飽和度を用いた致命的先天性心疾患スクリーニング
先天性心疾患の中には、出生後まもなく循環動態が急変し、乳児期に何らかの介入が必要となるもの(critical congenital heart disease、以下CCHD)があり、その早期発見・早期治療は非常に重要です。
一見して正常に見える新生児から、CCHDを持つ疑いのある患児を抽出するスクリーニング方法が2004年ごろより始められ、その有効性が確認されています。
生後24時間以降の新生児の右上肢と下肢(左右は問わない)の酸素飽和度を測定し、その値から判定表を用いて判断します。痛みを伴わず簡便に行えるスクリーニングです。
当科では、そのスクリーニングの普及と、スクリーニング陽性児に対する対応に取り組んでいます。
研究メンバー
| 客員教授 | 糸井利幸 |
|---|---|
| 講師 | 池田和幸 |
| 客員講師 | 中川由美 |
| 助教 | 梶山 葉 |
| 助教 | 河井容子 |
| 京都府小児地域医療学講座 助教 | 井上 聡 |
| 病院助教 | 西川幸佑 |
| 大学院生 | 遠藤康裕 |
| 大学院生 | 池村高明(4研) |
| 大学院生 | 喜多優介(4研) |
関係学会
- 日本小児循環器学会
- 日本小児心電図学会
- 日本胎児心臓病学会
- 日本Pediatric Interventional Cardiology学会(JPIC)
- 日本小児循環動態研究会
- 日本成人先天性心疾患学会
- 日本小児心筋疾患学会
- 日本小児肺循環研究会
- 日本循環器学会
- 日本心エコー図学会
学会認定施設
- 日本小児循環器学会・修練施設
- ASD閉鎖栓施行施設
- PDA閉鎖栓施行施設
- 日本超音波専門医研修施設
- 成人先天性心疾患専門医総合修練施設
業績
Asada D, Morishita Y, Kawai Y, Kajiyama Y , Ikeda K. Efficacy of bubble contrast echocardiography in detecting pulmonary arteriovenous fistulas in children with univentricular heart after total cavopulmonary connection. Cardiol Young 2020; 30:227-230.
Takigami M, Itatani K, Nakanishi N, Nakaji K, Kajiyama Y, Matoba S, Yaku H, Yamagishi M. Evaluation using a four-dimensional imaging tool before and after pulmonary valve replacement in a patient with tetralogy of Fallot: a case report. J Med Case Rep 2019; 13:30.
Asada D, Okumura K, Ikeda K, Itoi T. Tissue Motion Annular Displacement of the Mitral Valve Can Be a Useful Index for the Evaluation of Left Ventricular Systolic Function by Echocardiography in Normal Children. Pediatr Cardiol 2018; 39: 976-982.
Takai A, Iehara T, Miyachi M, Okumura Y, Hasegawa T, Tokuda S, Ikeda K, Yamagishi M, Tajiri T, Hosoi H. Successful treatment of a hepatic-hemangioendothelioma infant presenting with hypothyroidism and tetralogy of Fallot. Pediatr Neonatol 2018; 59:216-218.
Asada D, Ikeda K, Yamagishi M. Successful replacement of the systemic tricuspid valve with a mechanical valve in a 3-month-old boy with congenitally corrected transposition of the great arteries having a dysplastic tricuspid valve. Cardiol Young 2017; 27: 597-599.
Asada D, Itoi T, Nakamura A et al. Tolerance to ischemia reperfusion injury in a congenital heart disease model. Pediatr Int. 2016; 58: 1266-73.
Takeshita N, Kajiyama Y, Morishita Y, et al. Successful radiofrequency catheter ablation for ventricular tachycardia of a 2.9 kg infant with Ebstein's anomaly. Europace. 2016 Oct 12. pii: euw172.
Asada D, Itoi T, Hamaoka K. Asymptomatic spinal arteriovenous fistula presenting only as continuous murmur. Pediatr Int. 2015; 57: 1208-10.
Asada D, Itoi T, Hamaoka K. Combination of double aortic arch and interruption of aortic arch in pulmonary atresia with ventricular septal defect. Cardiol Young. 2015; 25: 994-5.
Kawai Y, Hamaoka K. Spontaneous thrombotic obstruction of aneurysmal coronary arteriovenous fistula. Pediatr Cardiol. 2013; 34:1746-8.
Oka T, Kato R, Fumino S, et al. Noninvasive estimation of central venous pressure after Fontan procedure using biochemical markers and abdominal echography. J Thorac Cardiovasc Surg. 2013; 146:153-7.
Shiraishi I, Kajiyama Y, Yamagishi M, Hamaoka K, Yagihara T. The applications of non-ECG-gated MSCT angiography in children with congenital heart disease. Int J Cardiol. 2012; 156: 309-14.
Toiyama K, Hamaoka K, Oka T, et al. Changes in cerebral oxygen saturation and blood flow during hypoxic gas ventilation therapy in HLHS and CoA/IAA complex with markedly increased pulmonary blood flow. Circ J. 2010; 74: 2125-31.
Shiraishi I, Yamagishi M, Hamaoka K, et al. Simulative operation on congenital heart disease using rubber-like urethane stereolithographic biomodels based on 3D datasets of multislice computed tomography. Eur J Cardiothorac Surg. 2010; 37: 302-6.